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少年剣道の指導をしている中で思うこと。 僕は、少年剣道を経験していない。だから、自分の主張でしか指導出来ない。 少年達は無理をしていないか、理解できていないんじゃないか、などなど、 不安に思う時がある。 指導者は自分の主張だけで、それを押し付けるかたちでの指導をしてはいけない。 呼吸を合わせ、会話をし、やって見せて、やらせて、褒める。 こうでないとあかんと思う。 師弟同行。自分の修行も怠らず。向上心は口で教えるもんじゃない。見せてなんぼ。 少年達の心は、繊細で敏感だ。こっちの気の抜けや自己中心的なやつ当たり的稽古はすぐに見抜く。 少年剣道の指導は、究極のところ「指導者と生徒の調和」だと思う。 いかに、気持ちを高ぶらせられるか。それに対していかに少年達は燃え上がれるか。 それが、うまくいった日には「調和」を感じる。 清清しく終わる。 それぞれが、同じ方向を見て稽古に臨んでいるかが少年剣道の生命線。 僕は、あの少年達と同じ方向に向けているのか・・・・・・。 卒啄同時。 生かすと生きるの気持ちが同時にならな、そこで終わる。 常にこんな思いで少年指導に携わっていきたい。 そして、もう一つ。 指導者同士は同志であるか否か。 指導者達の思いが同じ方向を向いているかどうかが課題。 僕は、ものすごく自己主張の強い人間だ。 他の先輩指導者の方々は、やりにくくて仕方ないのではないかと思っている。 しかし、ゆずれない部分もある。そのはざまで苦悩しながら、毎回の稽古に行っている。 全員が同じ剣道感を持ち、段位や技量にかかわらず同じ指導理論を持つ事は困難では無い。 館長の教えが絶対である「道場」という聖域。館長の教えを忠実に守り、そこに工夫をこらし、 わかり易く伝える事が出来れば良い。 指導者達のエゴを通すような事があれば、犠牲になるのは子供達。 それだけはあってはならぬ。 あんまり行けてないから、えらそうには言えませんが・・・・。すんません。 いつか、やらなあかん日がくる。今は、修行の身。 自分の向上が、地域の向上に繋がる事を信じて稽古に励む。 やって見せなければならんので。 PR |
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